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連載 ATOKの“かしこさ”の秘訣とは?

第2回:ATOKができるまでの裏側にせまる!ATOK製品化を統括する「製品開発」にインタビュー

共通技術開発部 下岡美由紀(ATOK for Windows開発責任者)
「日本語入力を扱いたい」と1994年にジャストシステム入社。入社以来ずっとATOK一筋で開発に携わり、ATOK 2011 for WindowsからWindows版の開発責任者となる。

まず最初に、ATOKを製品化する上での下岡さんの役割を教えてください。
下岡:ATOK for Windowsの製品化を総合的にディレクションしています。エンジンなど、ATOKのコア部分の開発をしながら、そこに、ATOK Lab.の研究成果や辞書チームで編纂しているATOK辞書などの各パーツをどう「ATOK」に最良の形で組み込んでいくかを考え、各チームをディレクションしていきます。例えば、ATOKの変換のよりどころとなるATOK辞書を最大限活用するためには、どうエンジン部分と調整をつけていくか、とか。パフォーマンスと使い勝手のバランスを調整し、ATOKを最善の物に仕上げていく役割です。
いまATOKは1年に1度の発売ですが、おおまかな製品化の流れを教えてください。2月にWindowsが発売されるときには、次バージョンの準備は始まっているんですか?
下岡:発売の前からもう次のバージョンに向けて進み出します。メンバーも含めて体制を移行していくようになります。
まずは、今回のATOKで積み残したことの振り返りから始まります。さらに新しい価値も追加しなくてはならないので、何ができるだろう、ということも。やっぱり入力をする周辺で考えたいとか、少し離れたことも考えてみたい、とか。もちろん中・長期のビジネスプランはあるのですが、まずはフラットに考えてみますね。そういったことを試行錯誤しながら、ATOKが目指す方向に沿って何ができそうかを少しずつ形にしていきます。
それ以前からも、次の時にはこうしたいなどのアイデアは考えているんですか?
下岡:そうですね、これとこれを組み合わせれば提案の仕方が変わるんじゃない?なんていうことは、開発中にもよく話しています。製品は“今の時代で最善の物”を作らなくてはなりません。そういう中で落とさざるをえなかったものを、次のバージョンが進み始めたときに振り返り、次で活かすということもあります。その時の最善というのは常に心がけているんです。毎回、これが最後のATOKというくらいの気持ちで。
常に高い意識で開発に取り組んでいるんですね。機能のアイデアはどうやって集めているんですか?
下岡:ATOK for Windowsの開発チームで共通フォルダーを置いていて、思いついた時にそれぞれのアイデアを入れてもらうようにしています。ずっと未来のATOKでできたらいいこと、来年くらいにできたらいいこと、今すぐやらないといけないことといった形でフォルダーを分けておくんです。遠い将来のATOK担当に向けてのメッセージみたいなことまで書いていってますね。
できるかもしれないということまで含めてということですね
下岡:『できること』としてしまうと、現実的に考えて今の技術では諦めてしまうこともたくさんあります。でも、ずっと先でもいいからできたらいいなぁという思いつきはもっていたいですし、ATOKの将来像を考えていく上でも重要だと思っています。
発売の約1年ほど前から次のATOKを考え始めるということですが、ATOKの方向性が決まるのはいつくらいですか?


企画・開発関係者でテレビ会議中。企画は東京、開発は徳島が拠点。

下岡:開発として方向性がだいたいまとまってきたところで、企画との打ち合せを開始します。企画は企画の視点で、中・長期ロードマップの中で次のATOKがどうあるべきかを考えていますので、お互いのイメージを確認し、さらに調整を重ねて精度を高め、発売の半年くらい前までにはほぼ次のATOKの方向性が固まります。ATOKにはずっと使い続けてくださるユーザーさんがたくさんいらっしゃいます。そういった方の期待を裏切らず、よりステップアップできる方向を目指してます。でも同じ流れだけでは製品として成長しないので、ユーザーさんが新しいと思う提案も取り入れることを常に考えてます。
ATOKは、ユーザーからの要望も製品に取り入れているとよく聞きます。
下岡:発売前には、いつも社外の方にもテストをお願いしています。ATOKはいろいろなソフトの上で使われるものです。それを開発だけで検証するには限りがあるので、ユーザーさんにもテストにご協力いただいています。ユーザーさんの様々な環境で不整合が起こらないのかを見ていただくんです。
その時に、プログラムの不具合報告だけでなく、自由欄を設けているんですが、とても熱い思いが返ってくるんですよ。前から使っているけど、ここをもうちょっと何とかして欲しいとか、この機能はいいと思ってるんだよとか、いろいろ書いてくださるんですね。総じてATOKのユーザーさんはとても熱心な方が多く、そういった貴重なご意見をたくさん寄せてくれます。もちろんサポートのコールセンターに入ってくるご意見も一つ一つ目を通して、参考にしています。
ATOKには複数のパソコンでATOKの環境を同期できる「ATOK Sync」という機能がありますが、これもユーザーからの要望で実現したと聞きました。

下岡:そうなんです。ATOKをお一人で何台もご利用いただいているお客様からのご要望が多く、提供した機能です。2001年発売のATOK14から提供しているのですが、始めは単語登録を共有させるだけの機能でしたが、そこからずいぶん発展しました。今は「ATOK Sync アドバンス」となり、変換辞書の学習情報や確定履歴などのユーザー辞書も同期できるようになりました。今ではマルチプラットフォームでATOKをご利用いただく方もだいぶ増えたので、Windowsだけでなく、他のATOKとの同期もできます。自分でいうのもなんなんですが、ATOK Syncは相当がんばってますよ!こっちの学習とあっちの学習を時系列によってマージさせるんですが、それって実はなかなか大変なことなんです。
ATOKは、一人一人に合わせた形に育っていくからこういったことが必要になるんですよね。
下岡:そうです。パーソナライズといいますか、その人その人に合わせて、変わっていけることってごく大切なことだと思います。ユーザー辞書にはそのユーザーさんのすべての情報が集まっています。それがユーザーさんにとっては一番大事な物なので、そこを守るためのATOKというのをプログラム的にはすごく意識していますね。どんなに変換効率が上がったとしても、それが毎回壊れてしまうようでは意味がありません。ユーザーさんが守ってきている物を最大限活かすのがATOKの大きな特長だと思います。
ユーザーが学習したデータを集めたりはしていないのですか?
下岡:数年前から、ユーザーさんのご要望を受けるために単語登録を送ってもらうという機能を付けています。最近は顔文字なども多いです。情報をこちらに送っていただけたら、それを参考に固有名詞として登録したりして製品に反映していきます。1年で5万件くらいは送っていただいていますね。
そんなにですか? ATOKの中にはだいぶ単語が登録されていると思うのですが。
下岡:入っているんですが、それでもそうやって出てくるんですよ。だからATOKはやめられないんです(笑)。はやりの言葉だと、1日に何件も来たりすることもあります。そういうこともあって「ATOKキーワードExpress」のサービスを開始します。こういう新しいことを提供して、ATOKを使ってくださるユーザーさんの使いにくさ、便利さをちょっとずつでも向上していきたいな、と。やはりユーザーさんに喜んでもらえることが一番大事なことですから。ATOKもユーザーさんと一緒に成長しなくてはという気持ちでやっています。
ユーザーに喜んでもらうのを目標にしているということですが、意外と難しいのではないですか? 
下岡:もちろん売れる製品であることも大事なんですが、ただ売れればいいというわけではないと思うんです。ATOKは日本語を扱うソフトです。開発に関わっている私たちが、日本語にどう向き合えているか、それを評価いただいているように思います。となると、やはりユーザーさんが使ってよかったと思ってもらえるものにしなくてはならないと思うんですね。もちろん、ATOKを初めて手にする方にも目にとめてもらえることを意識した機能もあります。でも、どんなに派手な機能を入れてあっても、結局は日々使うときに役に立たないとだめなんです。
日常の作業をどれだけスムーズに進められるかが重要といったことでしょうか。
下岡:そうですね。あくまでATOKは作業のための間に入るツールです。ユーザーさんがやりたいことは、自分の言葉を文字にして伝えたいっていうことですよね。間に入って文字化するATOKは、逆に目立たないようにすることが重要なんです。鉛筆で書いていくのと同じように、どれだけスムーズに言葉を画面に表示できるかというのが勝負なんです。言葉があふれているのに、それを入力する変換がもたつくというのはやってはいけないと思うんですよ。自分の言葉そのものをすぐに表示できるような勢いじゃなきゃいけないんです。
製品化を考えるに当たり、他に気を付けているところとかはありますか?
下岡:やはりユーザーさんに寄り添うのが重要だと思っています。その方のユーザー辞書を壊さず守り、さらにその方に合わせてどう成長していくか、ということですね。自分がやりたいことができなければ、どんなに優秀だと言われているソフトでも、その人にとっては優秀じゃないと思うんですよ。使っていく中で、どんどんとその人に寄り添うようにATOKの変換も育っていかなくてはいけないと。
ATOKを開発していて、これは大変だったとかいうものはありますか?
下岡:ユーザーさんのクセを覚えてちゃんと変換するという機能があるんです。たとえば一回入力して間違ってから入れ直したら、それを覚えていて、また次に同じようなことをやりそうになったら先に補正してあげるという機能なんですが、これは大変でした。本当にそんな風によく間違うものなのか検証しなくてはならないので。
あとは文節をどう区切っていくかでしょうか。日本語の文法としてこれとこれはつながりやすいというのはあるんですが、どちらの頻度が高いのかとか、そういった情報を入れていかないといけないんです。より自然な日本語を導き出すというのにはいつも苦しんでいます。
方言対応も大変でしたね。伝統的な方言というのは書籍から集められるんですが、今の若者が使っている言葉というのがありますので。今使われている方言を捕らえるというのは、難しかったですね。
方言対応を入れるときには、下岡さん自ら全国を回られたそうですね。


方言対応の時に使用した資料のほんの一部です。

下岡:はい。方言は奥が深いですね。ちょっとした地域での差もありますし。ATOKとしては、その地方での最大公約数的なところを探して対応することになります。それでも伝統的な方言は、実はもう使われていなかったり、文字ではどう表現すればいいのかわからないこともでてきます。そういうところを教えていただくために、大学で方言を研究していらっしゃる先生とか、そこの研究室にいる若い学生さんたちに使ってもらったりもしました。
20年も前でしたら、パソコンで文字を扱うのは、清書のためだったと思うんです。公務的な文章を作っていただけの時には方言のようなパーソナルな言葉は出なかったんですが、インターネットにつながるようになって、自分の言葉をそのまま伝えたいという欲求が出てきたんだと思うんですよ。
特に今はSNSやTwitterなど、話し言葉でどんどん発信するものがたくさんありますよね。話し言葉って何も共通語だけじゃないし、普段しゃべっている言葉のまま、画面に出てもいいんじゃないかと。こういった、“そのまま伝えたい”という気持ちをお手伝いすることに取り組んだのが方言への対応です。
最後に未来のATOKについて思っていること、考えていることがあれば教えてください。
下岡:ようやく、スマートフォンやパソコンなど各デバイスのATOKがつながるようになりました。それなら、ATOKがつながっているからできることはないのか、ということを考えています。
もちろん、変換だってまだ完璧なわけではないですから、それもどんどんやらないといけないですよね。場面に応じて使う言葉は違います。たとえば公の文章を作成するときには、きちんとした言葉遣いに、逆にプライベートで使うときは、話し言葉そのままで表現する、そういう使い分けができてもいいんじゃないかとかも考えています。
まだまだATOKは進化していきそうですね。
下岡:皆さんが日本語で表現することをやめない限り、ATOKは一緒に変わっていかないといけないと思っています。少しでもその人が思う言葉を妨たげずに表現できるツールを目指して、ATOKがこれからどう進化していくのか、ぜひ楽しみにしていてください。

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Update:2012.01.06