ここは永徳百貨店のインテリア事業部。
日本語にうるさい渡辺課長(50歳)と主任ウスイ(31歳)が、
新人ねね(23歳)の新鮮な言動に振り回される毎日である。 |
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登場人物 |
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渡辺課長
永徳百貨店・インテリア事業部勤務。過去に日本語に関して厳しい教育を受けて以来、普段の言葉遣いや接客での日本語に目を光らしている。 |
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ウスイ主任
31歳の若さで主任に抜擢。売り場を見ながら仕入れもかじる。日本語教育は新人研修で受けたもののいまいち自信がない。 |
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ねねちゃん
新入社員一年生。接客ではマニュアル通りの対応を見せるが、普段はリラックスしすぎている言葉遣いで先輩社員の頭を悩ませている。 |
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ねね |
「課長〜、先週行って来た春夏のインテリア新作発表会の報告書できました〜」 |
課長 |
「これでは単なる日記だろう。なんの目的で行ったのか、どんな人に会ったのか、どんなコンセプトの家具があったのか、そういうことがまるで書かれてない。というか、何か成果はあったのかね?」 |
ねね |
「そうそう! 課長〜! すごいステキなソファがあって〜、個人的には超成果アリでした」 |
課長 |
「いや、きみの個人的な成果は、この際どうでもよくてだね……ともかく、今日中に書き直して再度提出! 見本はウスイくんに見せてもらいたまえ。できるかね?」 |
ねね |
「ウスイセンパ〜イ、報告書、再提出になっちゃいました〜」 |
ウスイ |
「まさか『すごいおもしろかったです!』とか『ビミョーに意味わかんない』とか、書いたりしてないでしょうね?」 |
ねね |
「課長に見本はウスイセンパイに見せてもらえって言われたんですけど〜。見せてくだサイ」 |
ウスイ |
「あのね、日記じゃないんだから、業務としての報告を書かないと。これ見本」 |
─ねね、渡された見本の報告書を見つめる。曇りゆく顔色 |
ねね |
「センパイ、これは仕入れ決定会議の報告書で〜、こういう重い内容だったら書けるんですけど〜、今回は新製品の発表会だっだし〜、一つひとつの製品については〜うる覚えだし〜」 |
ウスイ |
「報告書に重いも軽いもないの。それより、うる覚えじゃない、うろ覚えでしょ」 |
ねね |
「そうなんですか〜、でも『うる』の方が〜カワイイじゃないですかぁ〜。『うろ』ってなんか〜うつろっていうか〜アタマ悪い感じがして〜」 |
ウスイ |
「あー、もうどっちでもいいから、早く報告書を書き上げて!」 |
ねね |
「もうセンパ〜イ、そんなカリカリしないでくだサイ。センパイとワタシは『気の置けない仲』じゃないデスカ」 |
ウスイ 「はあ〜?」
課長 |
「ウスイくん、ねねくんの報告書は読んだかね?」 |
課長 |
「そう言わずに、なんとか指導してやってくれ」 |
課長 |
「…ねねくんといい、きみといい、答えが短いな。『ビミョー』とか『無理。』とか」 |
ウスイ |
「一緒にしないでください! 私は『うる覚え』なんて言いません」 |
ウスイ |
「ねねちゃんが『うろ覚え』の『うろ』ってアタマ悪い感じ〜と言っていたもので」 |
課長 |
「ほう。まんざら間違いではないぞ。『うろ覚え』は、もとは『おろ覚え』で『おろ』は『愚か』の意味だからな。ああ見えてなかなか勘がいいな」 |
ウスイ |
「ところで課長、『気の置けない仲』というのは、親しい感じですか、緊迫した感じですか?」 |
課長 |
「紛らわしい言葉だな。この『置く』というのは『心置きなく話す』の『置く』と同じ意味で、『心をかける、気をつかう』というニュアンスだ。つまり『気の置けない』の「置けない」は、「置く」の可能形「置ける」の否定形で、全体で『気をつかう必要のない』という意味になるな。 ウスイくんとねねくんの間柄のようなものだ。ははっ」 |
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