日本語の懐 協力/大修館書店
連載全12回 第1回 第2回 第3回 第4回 第5回 第6回
きしょい食べ物
師走に入って、どこも加速度的に忙しくなってきました。先のことを考えると怖ろしい予感がします。
永徳百貨店の店内には緑×赤の華やかなクリスマスの飾りつけが、店外にはイルミネーションが輝くこのごろ。
でもインテリア事業部をはじめ裏方は、残業続き&休みナシから、かなり殺伐とした雰囲気の毎日です。
そんな疲労困憊の部下をねぎらおうと、昨晩は狩野本部長が一杯ごちそうしてくれた様子ですが…
登場人物
渡辺課長 渡辺課長
永徳百貨店・インテリア事業部勤務。過去に日本語に関して厳しい教育を受けて以来、普段の言葉遣いや接客での日本語に目を光らしている。
ウスイ主任 ウスイ主任
31歳の若さで主任に抜擢。売り場を見ながら仕入れもかじる。日本語教育は新人研修で受けたもののいまいち自信がない。
ねねちゃん ねねちゃん
新入社員一年生。接客ではマニュアル通りの対応を見せるが、普段はリラックスしすぎている言葉遣いで先輩社員の頭を悩ませている。
ねね 「おはよーございマス。ウスイせんぱい」
ウスイ 「おはよう。昨日はちゃんと帰れた?」
ねね 「ハイ…タクシーの中で、かなりキモチ悪くなりまシタけど…」
ウスイ 「夜中の11時から呑みはじめたからね。なんか正直、おごってくれなくていいから早く帰らせてくれって感じだけど」
ねね 「センパイ…今日も毒はいてマスね…でも確かに、かえって疲れたってゆーか、体調崩したってゆーか…」
ウスイ 「でしょ? だいたいねえ〜『きもい』と『きしょい』の違いなんて、どーでもいいのよ。呑みながらそんな話を聞いたって酒がまずいって言うのよ」
ねね 「今日は荒れてマスね…。ねねが、肴のこのわたを見て『きしょい〜』と言ったのが悪かったんです…すみません」
ウスイ 「それは小さいことよ。このわたを食べながら、日本の三大珍味がどーのこーの…」
課長 「日本の三大珍味がどうしたって?」
ねね 「あっカチョー、おはようございマス。ニホンの三大珍味は〜、長崎のカラスミと、能登のこのわたと、あともうひとつ何か知ってマスか?」
課長 「越後のウニだ。間違いない!」
ウスイ 「あ〜もうその話はいいです」
―その場をそそくさと去るウスイ。残される課長とねねちゃん。
課長 「昨日は狩野本部長に連れて行かれたらしいね」
ねね 「そうです。おごってくれなくていいから早く帰らせてくれって感じです。とウスイセンパイが言ってました」
課長 「…話が長かったんだね?」
ねね 「ハイとっても。議題は『きもい』と『きしょい』のちがいについてでした」
課長 「『きもい』は『気持ち悪い』、『きしょい』は『気色悪い』のことだな?」
ねね 「そうです。それがフシギなことに単に『気持ち悪い』を短くしたのが『きもい』ってゆーわけでもなくて、ビミョーに意味が違うんです。たとえば『きもい』は吐き気がするようなときには使わないんですよ
課長 「ほ〜そう言われれば。なんかこう、『きもい』は見た目が変わってる感じだな。『きしょい』はもっと気持ち悪い感じかな?
ねね 「そう『きしょい』は、もうサイアクに気持ち悪い感じですね。でもこれが、けなすだけでもないんです。たとえば宇宙人の形をした携帯ストラップなんかを『きしょい〜かわい〜』って言ったりしますし」
課長 「そうか、『きしょい』は元の『気色悪い』の雰囲気が残っていて、グロテスクなニュアンスがあるんだな」
ねね 「ところで課長、『気色』ってどーゆー意味デスか?」
課長 「うーん、心の中で思っていることがそのまま出ている顔つきとか、気分とか、そういう意味だな。でもそんなことは昨日、狩野本部長がさんざん言っていただろう?」
ねね 「あーー、そーかもしれませんネ。ねねは、ほとんど聞いていなかったんで、よく覚えてマセン。唯一、ベンキョーになったのが、ニホンの三大珍味が何かってことデス。ねねはダンゼン、ウニですよ。越後のウニって食べてみたいデスね〜。このわたは、サイアクに気持ち悪いデス!」
課長 「そうか。でも見かけが悪いものでも、美味いものはあるぞ。白子とかホヤとかナマコとか」
ねね 「えーー課長はゲテモノ好きなんですね〜きしょい〜」
課長 「褒め言葉と受け取っておこう」
企画協力/鳥飼浩二(明鏡国語辞典編集委員)
参考サイト/『明鏡日本語なんでも質問箱』(大修館書店)
文責/オフィス・ワイズ 屋敷直子
※「日本語の懐」に登場する百貨店名、人物名はすべて架空で、実際のものとは一切関係ございません。
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update:2005.10.21