日本語の懐 協力/大修館書店
連載全12回 第1回 第2回 第3回 第4回 第5回 第6回
世代別感嘆詞
街はクリスマスシーズン。永徳百貨店も、連日プレゼントを買う人でにぎわっています。世間ではなんとなく、いそいそ、そわそわ、わくわくしている季節。でも毎年のことながら、百貨店内のスタッフは疲労もピーク。いらいら、ばたばた、ぴりぴりしてます。そんな中でも、ねねちゃんはあくまでマイペース。
登場人物
渡辺課長 渡辺課長
永徳百貨店・インテリア事業部勤務。過去に日本語に関して厳しい教育を受けて以来、普段の言葉遣いや接客での日本語に目を光らしている。
ウスイ主任 ウスイ主任
31歳の若さで主任に抜擢。売り場を見ながら仕入れもかじる。日本語教育は新人研修で受けたもののいまいち自信がない。
ねねちゃん ねねちゃん
新入社員一年生。接客ではマニュアル通りの対応を見せるが、普段はリラックスしすぎている言葉遣いで先輩社員の頭を悩ませている。
ねね 「ウスイセンパイは〜、なにかクリスマスのイベントをたくらんでないんデスか?」
ウスイ 「ないね。なにも。休みたいという、はかない希望だけだね」
ねね 「えーーー、ありえな〜い
ウスイ 「ありえるよ。ここに、現実に私が、クリスマスになんのたくらみもない私がいる!」
ねね 「……。なんかあったんデスか? ねねは〜お友達と鍋やるんデス。センパイも来マスか?」
ウスイ 「やめとく。どー考えても、ねねちゃんのお友達とは話が合わないと思う。年齢的にね。ありえないでしょ」
ねね 「えーー、そんなことないデスよ。センパイだったら十分ありえます」
課長 『ありえる』じゃない、『ありうる』だ。それに、そんなに何にでも『ありえない』を使うのは良くない」
―課長、乱入。
ねね 「えーー、でも『ありえない』には〜いろんな意味があるんデスよ。たとえば〜、食べたものがすんごいマズかったときとか〜、ある人が耳を疑うようなびっくりすることをいったときとか〜、さらに〜ある人の存在そのものがヤバいときとか」
ウスイ 「なんでもアリだわね。なんていうか、OH MY GOD!みたいなもん? 感嘆詞に近いみたい」
課長 「そうだね。このサラダまず〜いありえな〜い、カチョーに残業しろっていわれた〜ありえな〜い、っつーか、課長そのものがありえな〜い!って感じ?」
ねね 「いい調子デスね、課長。その通りデス」
課長 「だいぶ、ねね語にも慣れてきたからな。まあ野暮を承知で、むりやり解説すると、実際に目の前にある状態、たとえば『クリスマスになんの予定もないウスイくん』が『ありえている』のに、『ありえない』といっているのは矛盾だな。つまり、あまりにひどい状況で、認めたくない、この世にこんなものがあるはずがないという、ちょっと大げさな表現だね
― 一瞬、場が冷たい雰囲気に。
ねね 「課長、もっと他のたとえがあると思いマスけど…」
ウスイ 「あら、気にしなくってよ。それって、昔よく『信じらんな〜い』といっていたのと似てますね」
課長 「そうだ。私の時代は『ノンセンス!』だった。時代は変わって言葉が違っても、同じような意味で使われている言葉は多いね。『うっそー』『マジ?』『ヤバーい』も似たようなもんだろう」
ウスイ 「う〜ん、時の流れを感じる…」
ねね 「ふたりで思い出にひたってないでくだサイ。『ありえない』は、ほめ言葉に使うこともありマスよ。『ありえない寿司』とかで『現実に存在するとは思えないくらい、おいしい寿司』という意味にもなることがありマス」
ウスイ 「う〜ん、すぐには良いのか悪いのか、わからないわね。微妙」
課長 「たしかに。『きしょい』や『ヤバい』などもそうだが、ほめてるのか、けなしているのか、実はどっちでもよくて、一種の感嘆詞なんだね。」
ねね 「すんごいおいしいものを食べたときに『ん〜これマジやばーーい。ありえな〜い』っていうけど、端で聞いたら、おいしいのかマズいのか、わかんないですね」
ウスイ 「たしかに。私もそれ使うかも」
課長 「ウスイくん、ワカモノぶらなくても良いのだよ。君は『信じらんな〜い』世代なんだから」
ウスイ 「ええそうですとも。でも『ノンセンス』世代の課長になんですが、今のワカモノは『ノンセンス』といっても、なんのことやらわからないと思いますよ」
ねね 「そうそう〜後から聞こうと思ってまシタ〜」
課長 「なんと。『ノンセンス』というのはだな〜……」
   
  久しぶりに3人組の雑談がはずむインテリア事業部。
せわしい師走もあと少し。みなさま良い年をお迎えください。
企画協力/鳥飼浩二(明鏡国語辞典編集委員)
参考サイト/『明鏡日本語なんでも質問箱』(大修館書店)
文責/オフィス・ワイズ 屋敷直子
※「日本語の懐」に登場する百貨店名、人物名はすべて架空で、実際のものとは一切関係ございません。
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update:2005.10.21