「フェミニーナ軟膏」。女性向けのかゆみ止めです。この会社の製品はネーミングがうまいものが多いですが、この商品名は特にグッド。「デリケートゾーン」という部位の名称も同社が考え出した言葉だそうです。
「髪の毛集めてポイ(排水溝の髪の毛を集める)」「なめらかかと(かかとのカサカサにうるおいを与える)」「アッチQQ(軽いやけどの治療薬)」「カユピタクール(瞬間冷却のかゆみ止め)」「ポット洗浄中(電気ポットの中をきれいにする錠剤)」など、そのまんまながらも一度聞いたら忘れられない商品名を次から次へと繰り出している小林製薬。今ではファンサイトまであり、新商品の発売とそのネーミングが注目の的である企業のひとつです。
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新製品は、どのような流れで開発されているのでしょうか? |
岩田和子: (以下、岩田) |
大まかな流れは、
社内・社外からのアイデア提案⇒そのアイデアがどのくらい需要があるかを調べるコンセプト調査⇒試作品の作成⇒社内モニターが試用⇒コンセプトを絞込む⇒パッケージのデザインを検討⇒5〜10人のグループで試作品について意見を出し合う⇒社外モニターが試用⇒製品の形態を決定・テスト製造⇒販売戦略を検討⇒輸送テスト⇒本生産⇒新製品説明会⇒発売
というものです。製品開発期間は、平均して13カ月です。 |
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いちばん最初のアイデア提案は、社内・社外を問わずあるんですね。 |
岩田: |
社外は、広告代理店などから提案があります。社内からの提案に対しては、1982年から社員提案制度を実施していて、7つの部門で表彰制度があります。たとえば、社長特別賞というのが最高100万円までの枠の中で設定されていて、発売後売上が順調な製品の開発のきっかけになるようなアイデアを出した社員に対して贈られます。これまでの例では「液体ブルーレットおくだけ」50万円、「爪ピカッシュ」20万円などがあります。 |
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おお、いやが上にもアイデア提案のやる気が高まりますね。ヒット商品と言えば「熱さまシート」では、どんな提案があったのでしょうか? |
岩田: |
担当者は、この製品は「お母さんの愛情」をカタチにしたものだと言います。核家族化によって、子供の育て方や病気をしたときのケアについて、ノウハウがだんだん薄らいでくる。そういう中で、お子さんを簡単にケアしてあげられるようなツールをご提供しようということで、製品化に至りました。
実はこの商品は、先に社外からの提案(技術とアイデア)があって、すでにコンセプト調査が開始されていました。そのころにちょうど社員からも同じようなアイデア提案があって、開発担当者は潜在ニーズの存在を確信し、自信を深めたそうです。 |
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商品開発の過程で、「一度聞いたら忘れられない」ネーミングは、どうやって決定されているのでしょうか? |
岩田: |
基本的には、製品開発担当者が考え抜いて出された候補の中から、選抜して決定されます。コンセプトの絞込みやパッケージデザインの検討段階に決定されるものもあれば、ギリギリまで決まらない製品もあり、様々です。毎月「開発会議」があって、そこで決定します。 |
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開発会議では、やはり活発な議論が繰り広げられるのでしょうね。 |
岩田: |
はい。副社長以下役員、担当部長など、開発に携わるメンバーで開かれます。メーカーにとっては、とても重要な新製品開発に関わる会議なので、様々な意見が飛び交います。 |
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ネーミングの候補は、どれくらい出すのでしょうか? |
岩田: |
多い人で100個以上考える人もいますし、効率良く20〜30個の人もいます。 |
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社内で「ネーミングのオキテ」のようなものは、ありますか? |
岩田: |
“名は体を表す”と言います。小林製薬の考え方は、ネーミング=コンセプトで、名前を聞けば、何のための製品か、すぐにお客様にご理解いただけるネーミングでなければなりません。「製品コンセプトをぎゅっと凝縮させた結晶」です。覚えやすい、親しみがある、リズム感がある、シンプルなどの要素、あるいは意味性、語感性、視覚性のポイントを満たすものです。
それと大事なことは、商標権についての調査です。侵害もいけませんし、また自社の権利を保護する事前手続きも重要です。 |
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商品名がなかなか決まらなかった、難産の製品はありますか? |
岩田: |
あります。その製品のコンセプトを長々と説明することは比較的簡単ですが、短く的確に表現するのはとても難しいことだからです。 |
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「髪の毛集めてポイ」や「チン!してふくだけ」など、まさにかゆいところに手が届く商品です。その細かい気配りは、どのようにして生まれているのでしょうか? |
岩田: |
「“あったらいいな”をカタチにする」が、小林製薬のブランドスローガンで、「さすが小林製薬!」「やっぱり小林製薬!」と、お客様に選んでいただける企業グループを目指しています。製品開発においては、お客様が気付いていない潜在需要を満たす新製品を生み出すことを目標にしています。そのために、開発担当者自らが、お客様を超えた消費者になろうとしています。 |
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「お客様を超えた消費者になる」とは、具体的にどんなことでしょう? |
岩田: |
たとえば「髪の毛集めてポイ」の場合だと、ふだんお風呂に入った後に排水溝にたまった髪の毛を集めて捨てるのは、ほとんど習慣のようになっていて、もっと便利にならないだろうか? と考えることをしないかもしれません。そこを一歩踏み込んで、もっと簡単に髪の毛を集めるにはどうしたらよいか、ということを考えることだと思います。 |
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日々、問題意識を持って、よく考えるということですね。 |
岩田: |
どのメーカーでも新製品開発には力を入れていると思いますが、その開発力の差は企業の大きさなど力の差ではなく、意外にちょっとした気持ちの積み重ねの差だと思います。ひとりの力だけではできないことも多いのですが、会社の方向性や基本スタンスを全社員が理解していることがとても大事です。新製品を出すことがとても重要な使命であると認識していれば、ふだんのちょっとしたことでも新製品開発に結びつけ、発展させて考えられます。四六時中考えているかどうかの差です。
社内には、商品の改善提案と新製品アイデア提案という2種類の提案制度がありますが、この制度を定着させるために社長がよく言うのは「新製品のアイデアについてどれだけ考えているか」ということです。 |
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アイデア提案制度では、どれくらいの提案がありますか? |
岩田: |
年間約2万件の提案があります。しかし必ずしもそこから新製品が生まれているわけではありません。大事なことは、この制度を継続することと、開発に携わっていない社員に、小林製薬が最も重要と考えている新製品開発に参画しているという意識を持たせることです。
社長は、「ラスト1cm(ワンセンチメートル)」、「この頑張りが執念」とよく申します。人よりちょっと余分に努力しないと成果は出ない、という気持ちを持っていれば、よい製品生まれる可能性がとても高まると思います。 |