今回は、漢字の使い分けのお話です。前回のアンケートで、約7割の人が「漢字の使い方を気にしている」という結果が出て、自分なりのルールや、シチュエーションによって表記を変えているという声が、多く聞かれました( 詳しい結果はこちら)。今回と次回は、アンケートの結果を紹介しつつ、漢字・ひらがな・カタカナの受け取り方の違いを見ていきたいと思います。
●Vol.5 「他の件でも宜しくお願い致しますって書きますか? ─漢字の使用、取捨選択」Part 1
いきなりですが、こんな早口言葉があります。
うらにわにはにわにわにはにわにわとりがいる
さて、「にわ」がいくつあるでしょう? …という問題ではなくて、文章の意味はさっぱりわかりませんね。これを漢字、ひらがな、カタカナを混ぜて書いてみると、
裏庭には二羽、庭には二羽ニワトリがいる
すっきり。日本語は、漢字・ひらがな・カタカナを有効に使うことによって、文章の意味がよりわかりやすくなるものです。
アンケートで多かったのは、漢字とひらがなの使い分けの基準では「漢字ばかりだと冷たい印象になるので、適度にひらがなを使ってやわらかくなるようにしている」というものです。
たとえば、ひと仕事終わってお礼のメールを出すとき。とても楽しく仕事ができて、次回もぜひご一緒したいときの場合。
○○さま 今回のお仕事では、たいへんお世話になり、ありがとうございました。 ○○さんのバラエティ豊かなアイデアや、的を射たアドバイスがなければ、とても完成しなかったと思っています。これに懲りずに、他の件でも、なにとぞよろしくお願い申しあげます。
反対に、ご一緒するのは今回一度きりにしたいときの場合。
○○様 今回のお仕事では、大変お世話になり、有り難うございました。 ○○さんの卓越したアイデアや、要所要所のアドバイスがなければ、とても完成には至らなかったと思っております。これに懲りずに、他の件でも何卒宜しくお願い申し上げます。
前者は、漢字が少なくてやわらかい雰囲気に、後者は漢字が多くて圧迫感のある“黒っぽい”文面ですね。ちなみに、アンケートでいちばん多かった表記は、「他の件でも、何卒よろしくお願い申し上げます」でした(結果はこちら)。これが標準型といえるでしょう。このように、漢字とひらがなの割合によって、書く人の微妙な心の機微が表れるものです。
微妙な心情といえば、男女の仲。恋愛は心の機微が第一です。たとえば、深遠な仲になりたいと思っている女性と食事を共にして、そのお礼のメールがきたとします。
昨晩は、ごちそうさまでした! ずーっと食べたいと思っていた上海ガニを食べられて、ほんとにシアワセでした。 ありがとうございました。また誘ってください。
昨晩は、御馳走様でした。 憧れの上海蟹を食べられて、本当に至福の時でした。 有り難う御座いました。また誘って下さい。
同じ主旨でも、だいぶ違いますね。前者は素直な感じで「喜んでもらえたんだな」と思えますし、次の誘いもひょっとしたら受けてくれるかもしれません。しかし、後者。考え得る限りの漢字を駆使していて、なんだか意図を図りかねます。「誘って下さい」と言われつつも、拒絶されているような気もしなくもなく、次の誘いは…いかがなものでしょうか。
つまり、短い一文から恋愛占いまでができてしまうのです。これは、気をつかって使い分けをしないわけにはいきません。
アンケートによると、その使い分けの違いが気になりだしたきっかけは、パソコンだった方が多いようです。
パソコンの変換で漢字ばかりになり、文章が硬くなると意識したのがきっかけ。
パソコンで文書を書くと、手書きならひらがなで書くものを漢字にしてしまい、漢字が多くなりやすい。迷ったときには、ひらがなで書くようにしている。
他人から送られてくるメールに漢字が多く、なんだか冷たい感じだなと感じました。それからは漢字を使いすぎない、ひらがなのやわらかさを生かした文章を心がけています。
文章全体だけでなく、言葉ひとつをとっても、漢字とひらがなでは印象が違ってくるものです。
たとえば、「うれしい」。
嬉しい →じつはニヤニヤしたいんだけど、公の場だったり相手が目上の人だったりして、控えめに抑えた感じ。発声するときは、嬉しゅうございますと厳かに。
うれしい →いちばん素直な感じで一般的。発声するときは、にっこり微笑んだり両手を上げたりして、思いのたけをぶつける感じで。
ウレシイ →一見、無機質に感じるが、じつは照れ隠しだったりする。発声するときは、一音一音ハッキリとロボット風に。
たった一言ですが、以外に変化するのが「様」です。
様 →一般的だが、名前が難しい漢字だったり、字数が多かったりする後につけると、かなり重たい感じになる。たとえば、勅使河原様、榊原様など。
さま →漢字だと重くなるときに使うと、だいぶ雰囲気がやわらかくなる。たとえば上の例で、勅使河原さま、榊原さま、など。名前と様が分けられて、読みやすくなる効果もあり。
サマ →いささか小バカにした感じ。若者が友だち同士で使う場合くらいか。ビジネスシーンでは、まず使わない。
他にも、「しあわせ」「きびしい」「かなしい」なども、漢字・ひらがな・カタカナで伝わる雰囲気が違ってきます。
意図的に使い分けをするのではなくて、なんとなく漢字の「形」としてインプットされているという場合もありますね。パソコンの日本語変換機能を最大限に活用しているような場合です。
ネット上の書き込みで「頓に(とみに)」と書かれていて読めなかった。最近は変換をPCまかせにして「流石」「所謂」などと、難しい漢字を使っている人が多い。
パソコンで変換して「えっ、そんな漢字なの?」と思うことがある。異字同音でどれが正しいのかわからないときはひらがなにします。
「魑魅魍魎が跋扈する」「薔薇」「躊躇」などなど、手書きでは絶対に書けないけれど、パソコンなら一発で変換できる言葉。入力した人は読めても、読めない人は漢字をそのままコピーするか、自分なりの読み方をしているハズ。
次回は「他の件でも宜しくお願い致しますって書きますか?─漢字の使用、取捨選択」Part 2をお届けします。入力はできるけど、じつは読めていなかった…という言葉を特集。漢字変換でついつい使ってしまう難しい字、好々爺を「すきすきじじい」と読んでいた、「一抹の不安」を「イチモツの不安」と発声していた、「不躾(ぶしつけ)なお願い」をなんとなく「ふしだらなお願い」と読んでいた…なんて人はいませんか?ちなみに、いただいた投稿で「漢字」を「感じ」にしている変換ミス、多数でした。要注意です!!
文:屋敷直子(E.O.ワイズ)
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