今回も前回に引き続き、漢字の使い分けのお話です。前回「ついつい変換してしまう書けない漢字」を募集したところ、パソコン上ではただの黒い塊にしか見えないような漢字がたくさん送られてきました。御協力、有り難う御座います。誠に感謝致します。
ついつい変換キーをワンプッシュで文面を難しくしているあなた、文末にはそんなあなたの“本当の漢字力”が試される「漢字テスト」がついていますよ。
●Vol.5 「他の件でも宜しくお願い致しますって書きますか? ─漢字の使用、取捨選択」Part2
いきなり暑苦しい文面で恐縮ですが、こんな文書が送られてきたとします。
弊社は貴殿の多大な負債を債権者より回収を請け負った業者である。
貴殿は債権者からの再度の督促を黙殺して現在に至っており、双方にとって不利益この上ない状況である。
ついては29日月曜日までに下記の担当者までご連絡いただきたい。もし連絡なき場合は、誠に遺憾ながら貴殿の家屋・家財の差し押さえなどの強硬手段に出ることになる。
貴殿の英断を期待する。
「多大な債権」に身に覚えがあってもなくても、かなり圧迫感のある文面です。前回のアンケートでは、相手によって使い分けるという意見が多くありましたが、督促状は不必要なまでに漢字を使う代表的な文例でしょう。でも、この文書を書いた威圧傾向の強い「業者」さんも、パソコンだからこそ、こんな文面が書けるのです。この多画数の文面をコピー&ペーストできるメールやプリントアウトしたものではなく、手書きで送られてきたら……相手も本気だということでしょう……
これほど意図的ではなくとも、パソコンで文章を書くと手書きでは書けないような漢字を使ってしまうことがあります。アンケートで群を抜いて多かったのは「薔薇」と「憂鬱」。かつて男は薔薇と書いて女をくどき、女は憂鬱と書いて男を惑わした(…らしい…)いい時代でした。今は「魑魅魍魎が跋扈する」と飲み屋の箸袋にすらすらと書いたからといって、せいぜい10へえ〜くらいです。
それはともかく、その漢字が醸し出す重々しさを利用したい場合もあります。たとえば、
瀟洒な洋館 しょうしゃな洋館
「瀟洒な」は「あかぬけて、しゃれている」という意味ですが、この雰囲気は「しょうしゃな」では台無しです。ぜんぜんしゃれてないし、何より読みにくいですね。他にも「絢爛豪華(けんらんごうか)」「朦朧(もうろう)」なども、同じです。
また、読み方があやふやなので漢字でごまかしている言葉ってありますね。たとえば「侃々諤々」。正しくは「かんかんがくがく」と読みます。あれ? けんけんがくがく? けんけんごうごう? その前にどういう意味? 混迷が深まります。整理しましょう。
侃々諤々(かんかんがくがく) 互いに正しいと思うことを堂々と主張し、多いに議論すること。
喧々囂々(けんけんごうごう) 多くの人が口やかましく騒ぎ立てるさま。 (大修館書店「明鏡国語辞典」より)
じつは、微妙に反対の意味だったりします。いちばん使うような気がする「喧々諤々」(けんけんがくがく)は、このふたつの言葉が混同して「口やかましく議論する」意味にとられていますが、誤用です。
難しい漢字を使うなら、正確な意味がわかっていないと恥ずかしい思いをしますね。さもあらん、こんなご意見もありました。
手で書けないような難しい漢字を使うのは、無知か劣等感の裏返しである。
…すみません。たしかに、深い考えもなく漢字が多い文章は無知を露呈しているようなものです。申し訳有りません。ちがった、申しわけありません。
無知といえば、いざ手書きで書こうとすると簡単な漢字が書けないときがありませんか?
パソコンだと難しい漢字を平気で使っているが、いざ手書きで書こうとすると、すごく簡単な漢字が書けなくなっていることに、愕然とする。
たとえば「涙」や「博」。「てん」があったかなかったか…と悩んだりします。他にも、宣伝の「宣」は中は日だったか目だったか…。要注意ですね。
日本語ならではの美しさとして、たったひとつの言葉でも、漢字かひらがなかで、文章全体の雰囲気が変わる場合もあります。たとえば、花の名前。
サクラの次はツツジが咲く。
一般的に使われますが、やや学術的な感じにもなります。
さくらの次はつつじが咲く。
花がもっているやわらかさや、やさしさが出てきます。
桜の次は躑躅が咲く。
ほとんど、なぞなぞですね。漢文調になります。
文字の表記で、文章の雰囲気は変幻自在です。漢字の使い分けを、めんどくさいと思わずに、自由に操られるようになれば、あなたも日本語マスター。 いろいろな日本語を読んで、書いて、日本語感覚に磨きをかけてください。
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